赤い宇宙船で来た

育った環境で悪影響を受けた記憶と感情の棚卸しなどをしています。吐き出しが多いです。あとは、メモ、日記、ひとりごとです。

心のどぶさらい.

心が限界に近づいて来て、絶望して生きる事にしたけど自分の感情がわからなくなってきて味もわからなくなってきて、生活が無味乾燥なものに感じられて、段々世界が灰色に感じ始めました。

こういう風に書くと、自分に酔ってる様な感じがしますが、これは今の私が振り返って、あの時を表現する為に書いてるだけで、その時はこんな風には思ってなかったです。

私は絶望する事にしたけど、本当は助けて欲しかったらしく、何かを掴みました。
それは占いでした。
ネットで何かを検索している時に、たまたま気になるを見つけてアクセスしたら、それは占い師さんのブログでした。そして、その人のセッションを受ける事になりました。
その方のセッションはただ占っておしまいではなく、占いの結果を参考に心理学の手法を使って問題に取り組んでいく方法でした。

占いという入り口が比較的入りやすかったものの、かなり精神的にはハードでした。隠してきた感情や思いが堰を切った様に猛烈な勢いで流れ出し、本当に苦しかったです。苦しみ、悔しさ、憎しみに悲しさ。一気にその濁流に飲み込まれる様な感じでした。思い出したくない気持ちに触れないといけなかったり、知りたくない本心を認めるしかなかったり、苦しくて正直死んでしまいたいと思いました。スーザン=フォワードの本を読んだ時、そう思いました。でも、その時の感じとは少し違っていました。向き合う自分の感情と本心があまりにも苦しくて、もう嫌だと悲鳴をあげたのだと思っています。
月一回セッションがあり、その度に課題がありました。1ヶ月の間に我慢できなくなったら、セッション中の手法を自分でやってみたり、それでも苦しかったら、占い師さんにメールしたりしていました。
時間はかかりましたが、少しずつ整理がついてきて今に至っています。

占い師さんがさせてくれたのは、"心のドブさらい"だと思います。
「いつまでも拘っていても仕方がない」
と思い、諦めようが新たな気持ちでと心機一転を図ろうが、心にヘドロが溜まっている限り、そんな努力は一時的なもので、すぐに身動きできなくなるんだと思います。ヘドロが心に9割溜まっているなら水は1割しか入らないし、濁るのも溢れるのもあっと言う間です。しかもそのヘドロはそんじょそこらの成分でできてないとくれば、尚無意味たと思います。
心はドブじゃないし、私の気持ちや感情はヘドロなんかじゃなくて私が頑張った証だし、大切なものだから本当はそんな言い方変なのかも知れないけど、やっぱりドブさらいだと思います。 心のヘドロに飛び込んで、全身ヘドロまみれになりながらこのヘドロは何なのか?次のヘドロは?とひとつひとつ感じる作業は、私にはすごく意味がありました。

まだ作業は続いていて、いつ終わるかわからないけど、これをやってこそ親達・姉達から解放され、道が拓けていくんだと思っています。あの人達と接触してもダメージを受けなくなれば...うーん、それは無理かも知れないけど、最小限のダメージで済めばそれは勝利なのかも知れないです。

今まで頑張ってきてくれた私の為に、私は頑張ろうと思います。